自分ではなく彼氏を自慢するマウンティングを見守る

相手より自分の立場が上だと示すために、社会的なポジションを利用する「マウンティング」。

Twitterでもプロフィール欄に「彼氏は商社」と書かれているとか、お前の情報で最重要なのは他人のステータスかよと脱力させてくれるものまで散見するので、どうにかマウンティングをしたい人間は実際にいるらしい。

マウンティングへの反応は大きく3種類ある

  • パソコン画面を指差す

男性がマウンティングをしている女性へ向ける反応を見ていると、そのリアクションは大きく分けて以下の3種類だった。

①ネタとして楽しく見守る

②冷笑する

③激怒する

なお、後者になればなるほど恋愛初心者率が高い。逆に女慣れした男性ほど、女性の愚かな側面にも寛容なようだ。(それはそれで微妙だが……)

逆に、初心者っぽい人になればなるほど、彼氏を使ったマウンティングする女性を見ては、女性のありかたに絶望しているようである。すべての女性がこういうタイプではないが、女性全般に失望させてしまい申し訳ない。

あの有名な哲学者もマウンティングに激怒した

  • 本を広げる

実は、マウンティングという行為への怒りを壮大な論文にしてしまった人がいる。イマヌエル・カントという哲学では有名な方で、ドイツ人にも読めないドイツ語を書く天才だった。

あまりに難しいので、私は受験期にカントを読みながら「この恋愛初心者!」と10回は罵った……と思う。

そんなカントの残した最も有名な考え方に「定言命令」というものがある。一言で言うと「自分の利益にならなくても、自分が信じたことはやれ」。言ってることも少年ジャンプの読者少年のように純粋で、そしてすごく恋愛初心者っぽいです……。

Always recognize that human individuals are ends, and do not use them as means to your end.

常に人間は目的として認識されねばならず、かつその人間をあなたの目的のために手段としてはならない。

何がなんだか???と思われるだろうから簡単に言い直すと「人を利用するような行為は、良い結果を生んでも悪」ってことらしい。

例えば彼氏がたまたま外資のディレクターで出世街道をばりばり走っていて、あなたがそれを自慢することでハイソサエティーに認められ、さらに彼氏の評価まで高まったとしても悪なのである。

なぜなら、人を自分のために利用することは結果オーライでも動機が汚いから。そう、童貞カントにとって重要だったのは、動機が美しいか美しくないかだったのである。

したがって「心の汚いマウンティングはタヒね」と、世界中に出版される著作でカントは叫ぶことになった。

マウンティングする人もマウンティングに怒る人も面白い

  • 友達と話す

なお、その結果カントは女性と話すことを極端に嫌い、ジョークの相手としてしか女性を尊敬しなかったという俗説まで残っている。恋愛をこじらせちゃったか……。

カントはあまりに頭がよいのでそれでも賞賛されるが、全般的にマウンティングに対し「だから女は」と怒る姿は、マウンティングと同じくらいこっけいに見える。

どちらも踊る阿呆に見る阿呆なのであって、両方笑いながら見るのが教養ある立場ではないか、というのが最近のポジションである。

 
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